2026年3月17日火曜日

平城旧跡公園~資料館

資料館の入口はお花で飾られてます。
パンジーにチューリップ、もう春だなあ♡

平城宮を作った匠の技コーナー

平城宮で働く人達。
東院庭園の宴の様子
奈良時代の食材のイメージと朱雀門周辺で発見された井戸
奈良時代の配水管と土器や瓦など

貴族の食事は、各地から集めた様々な食材を使った豪華なもので、
鹿や鴨などの肉やアワビやエビなどの海産物や貴重な乳製品でした。
食器として高級な漆器や金属も使われていたと書かれています。


トイレのお尻ふきに使われた細長い木切れが溝などからよく出土していて、
それらの遺構の土を顕微鏡で観察すると、
便から当時の食生活や病気を知ることができるんだって。
木切れがトイレットペーパーなんて、痛そう(..;)(@@;)

その他、長屋王や下級役人の宅地模型も展示されていました。

帰りは、一部の区間だけバスに乗りました。
今をときめく鈴木亮平君のラッピングバスでした。

平城旧跡公園~太極門、太極殿

向こうに見えるのは、朱雀門。
旧跡公園は広い!昔はただの原っぱだったのに、
今は復元された建物や観光用の施設が沢山あるよ。
随分変わったなあ・・・・
近くまで来ると・・・
門の柱の間にひな壇らしきものが置かれているのが見えました。
やっぱりひな壇だ!
大きな10段のひな壇が3つもある。
左端のひな壇
中央
右端
役割の違うお雛様がひな壇毎に分けられた特殊な展示方法です。

裏は・・・
朱雀門を抜けてると、見えてきました~太極門と東楼が。
実物大の絵が描かれた仮囲いが外され、姿を現した東楼。
今は工事中の西楼の囲いとなっています。

左から工事中の西楼、真ん中が太極門、右が完成した東楼
柱の隙間から太極殿が見えるね。

東楼の階段の手前に柵があり、上へは上がれませんでした。

北から見る東楼と太極門。
太極門越しにさっき潜った朱雀門が見えます。
また暫く歩いて、太極殿へ

太極殿の入口は裏にあるので、もうちょっと歩くよ
外付けのクネクネ回廊を上って入ります。
ここはほんとによく歩く場所だ。

太極殿の鴟尾と大棟中央飾り~どちらも模型です
国家儀式の際に天皇が着座した玉座。これもイメージ模型
太極殿から太極門と東楼を臨む。遠いね~
キレイな玉形飾りが沢山付いてるのが見えますか?
赤、青、紫、緑、黄色、白、紺色など
これも擬宝珠と呼ぶのかな?
原っぱを銀色に彩った一面のすすきが、こんなに痩せ細ってました。
最後は資料館を覗いて、帰ろう。

2026年3月16日月曜日

平城旧跡公園~平城京ひいな節

平城旧跡で復元工事が進められていた建造物が完成し公開されたと聞いて、
散歩がてら見に行くことにしました。散歩にしては結構な距離です。

完成したその建物は第一次太極殿院の東楼だよ。
近鉄電車の車窓からも見えます。
それはまた後で行くとして・・・

ちょうど「平城京ひいな節」&ワンちゃんイベントがダブルで開催されていて、
ワンちゃん連れの人達で大賑わいでした。

入ってすぐの建物はお雛様で埋め尽くされていました。

大ひな壇手前の座布団は、お雛様と一緒に撮影するために置かれています。
左端はワンちゃん専用座布団。端が切れて写ってないけどね。
夥しい数のひな人形
以下平城旧跡公園のホームページより抜粋
現代の「ひな祭り」のルーツは、奈良時代まで遡り、
遣唐使船によってもたらされた異国の文化は、
奈良の地で日本独自の美意識と溶け合います。
宮中行事の「上巳(じょうし)の節句」は
現在の「桃の節句」の原形です。

病気や災いを身代わりとなって引き受けてくれる「ヒトカタ(人形)」を
川に流した流し雛「ひいな」の風習と「曲水の宴」が
長い歳月を経て結びつき、今のひな祭りへと受け継がれてきました。

平城旧跡は、ひな人形&ひな壇飾りの発祥の地だったんだね。

↓平城京の八つの風景をひな人形の役割と結びつけた展示も興味深い。
姫だるまと丸みを帯びたお雛様


窓から遣唐使船が見えるよ。
年代物のお雛様↓小物からも時代が覗えます。
江戸時代のひな人形は蒔絵が施された硝子ケースに入ってました。
硝子に反射して見えにくいね。
遣唐使船に乗ったお雛様
        ↓奈良時代の皇后が着用した天平衣装
ミモザの様な植物をあしらったものもある。

遣唐使船の池には、沢山のお雛様が浮かべられていました。
凝ってるね~

こんなに沢山のお雛様を見たのは初めてで、圧倒されました。
知らずに遭遇したイベントに得した気分💓
cafeで注文したのは、植村牧場の牛乳を使ったソフトクリームに
エスプレッソを掛けて食べるアフォガート。美味しかった!
休憩したら、本来の目的である太極殿院の東楼を見に行かなくちゃ。