2026年3月24日火曜日

平城旧跡再び

梅は終わったし、桜は未だなので、行くところがなく、
2週連続、平城旧跡公園に行きました。
午後から、お散歩代わりにプラッとね。

下の写真は4つの館から成る観光交流施設の一つで、
観光交流施設には、お雛様が展示されています。

公園は幾つかのエリアに分かれていて、前回行けなかった
第二次大極殿エリアに行くつもりでしたが、駆け足で廻って
見残した部屋のあるいざない館に先に入ることにしました。

建物一つ一つが大きい。
この日、いざない館前ではシャボン玉イベントが行われ、
家族連れで賑わってました。
「平城のとよほき」は奈良時代を祝うイベントで、
奈良時代に因んだショップや体験ブースが数多く設置されていました。

多目的室では、東楼の宴(朝廷の儀式に伴う宴)を準備する場面の
再現劇が楽しめました。

東楼は730年頃に建てられ、たった20年で解体されたんだよ。
東楼に上がる超急な階段についても言及しています。
中納言、内侍司の女官である典侍のお二人と尚侍を4人が演じられました。
彼女たちは女優さんです。

香辛料いろいろ
お箸  右は割り箸を作る道具
ここでも演劇やってるよ。
皆さん、迫真の演技。楽しい♪

部屋を移動しながら劇を見ます。
紫の衣装の人は藤原不比等役です。

第一大極殿院図
東楼の次は西楼の工事と思いきや、
先に太極殿院エリアを取り囲む築地回廊を作るそうで、西楼はその後らしい。
ここでボランティアガイドさんから
個人的に懇切丁寧な説明を聞くことが出来ました。
彼女の年齢を聞いて、びっくり仰天(゚ω゚)!
15才以上若く見える。

第一次大極殿院の隣には、第二次大極殿院跡があります。
大極殿院は、天皇の即位式や外国使節との面会など、
国の最も重要な儀式のために使われた平城宮最大の宮殿です。

莫大な資金と人員を投じて作られた第一次大極殿院は、僅か25年で
恭仁京(木津)に移築されましたが、5年後再び平城京に都が戻されてからは、
元の位置(第一次太極殿院)の東隣の区画に置かれました。
それが第二次大極殿院です。
第二次大極殿院跡は盛土と基壇が残されています。

昔は何も無い原っぱに基壇だけが在ったなあ・・・
今から千二百年余前のこと、
長岡京、平安京へと都が遷された後、平城京は荒廃し、田圃となっていきました。
江戸時代末期の調査研究を切っ掛けに地元有志による保護運動が広がり、
国の史蹟指定を受け、調査研究と保存整備が始まりました。
 
長い年月、田圃だったからこそ、地下の遺構や遺物が守られたのです。
それは大変な奇跡だったと書かれています。

前回行かなかった部屋にこれから行ってみよう~
朝堂院で催された騎射や、役人たちの食事を作る大膳職、働く女官など
当時の宮廷生活が垣間見える立体絵の窓が並んだ部屋


東楼の宴が人形で再現された一角もあるよ。


鴟尾や屋根の縮小模型&当時の貨幣

この日行けたのは、いざない館だけ。
目的の第二次大極殿エリアには行けず終いでした。

身近に有りながら今まであまり行かなかった平城旧跡記念公園は、
見所が本当に多い場所と知りました。
敷地が広いので施設間の移動に時間がかかるけど、
運動にもなるので、一石二鳥です。